シリーズ日本の第二次世界大戦① 満州事変と軍の暴走

歴史
この記事は約7分で読めます。

今記事から『シリーズ日本の第二次世界大戦』と題して、7回連続で第二次世界大戦に関する記事を書いていきます。
その1回目は、日本が第二次世界大戦期の戦争に参加する全ての発端となった満州事変と、その満州事変に至った軍の暴走について考えます。

この問題を考える前に、まず『満州とは何なのか?』という根本的な問題についてから説明しなければなりません。
満州は、端的に言えば現在の中国東北部(遼寧省、吉林省、黒竜江省、内モンゴル自治区の東部)で、主に満州族と呼ばれる民族が暮らしていた場所を言うのですが、実はこの満州、かつての中国の国々(王朝)による支配をほとんど受けてきませんでした。
漫画『キングダム』で有名な秦の始皇帝も、遣隋使や遣唐使で有名な随や唐も満州は支配していません。
満州を明確に支配した中国の王朝は元と清ですが、元はモンゴル人による国ですし、清はそもそも満州族が中国全土を支配した国家です。
そのため、満州は今でこそ中国の一部という認識ですが、当時は支配層が曖昧な地域だったと言えるのです。

満州事変が起きる少し前の満州の状況についても、説明が必要でしょう。
満州族の国家で日本と戦争をしたこともある清は辛亥革命で滅び、その後の中国は中華民国が建国されることになります。
中華民国は清の支配地域の継承を唱えたため、満州も基本的に中華民国が支配することになりますが、政治的な空白から実際には中華民国の軍閥で馬賊の一種でもある張作霖率いる武装組織が、半独立的に満州を実効支配していました。
一方、当時の日本は日露戦争の勝利により、満州の一部である遼東半島の先端地域(関東州)を租借地として支配し、更に南満州鉄道の経営権も有しておりました。
この関東州を実効支配していたのが、大日本帝国陸軍の地域軍である関東軍です。
※ちなみに関東とは、万里の長城の一部である山海関の東側を意味し、言葉の意味としては関の東で関東という意味になります。

満州事変は、この関東軍の主導のもとに行われていきます。
まず、関東軍は満州事変に先駆け、満州の実質的な支配者であった張作霖を電車爆破という形で殺害します。
更に関東軍は、この事件を中国国民党軍の犯行と嘘の発表を行いました。
これは当然、満州進出を狙っての行動です。
そして1931年、関東軍は自ら南満州鉄道を爆破、それを中国軍の犯行と発表し満州へ侵攻します。
張作霖から政権を譲った長男の張学良は、関東軍の侵攻を国際社会に訴えるため無抵抗主義を貫き、結果、関東軍はたったの5ヶ月で満州全体を支配することになりました。
その後、関東軍は満州地域に自らの傀儡政権である満州国を設立し、影で満州国を操ることになります。

コメント

Translate »
タイトルとURLをコピーしました