日本人は宗教を信仰しない民族? 外国人には理解しにくい日本人の宗教観について

宗教
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日本は、中国、北朝鮮、チェコ、エストニアと並び、世界有数の”宗教を信仰しない国”として有名です。
宗教を信仰することが当たり前な世界の国々の人からすると、宗教を信仰しない人がほとんどの日本は、かなり不思議な国と見えるそうです。
しかし日本に来た外国人の方ならわかるでしょうが、日本にはとても多くの宗教施設があります。
しかもそれは、京都や奈良などの伝統的な都市だけではなく、東京都心などの近代的な場所から、なんてことのない田舎町までありとあらゆるところにあるのです。

日本にある宗教施設は、神道の神社と仏教の寺院を中心に20万程があると言われていますが、日本と同じ宗教を信仰しないと言われる中国には、宗教施設がそんなに多くはありません。
中国の仏教寺院の数は13000程度で、その内3000はチベットにあるとされています。
道教の道観、儒教の孔子廟、キリスト教の教会などの宗教施設が中国にどれくらいあるかはわかりませんが、そこまで多い数ではないでしょう。
イスラム教のモスクは新疆ウイグル自治区を中心にそれなりの数があるかと思いますが、いずれにせよ、チベット自治区と新疆ウイグル自治区という宗教的な特色の強い自治区を除けば、中国の宗教施設の数はそんなに多くなく、日本の10分1以下の数と想定されています。

日本は面積377,972k㎡、人口1億2000万人で、中国は面積9,572,900k㎡、人口13億8000万人であることを踏まえると、

日本は、2k㎡に1つ以上、1000人に1つ以上
中国は、100k㎡に1つ以下、2万人に1つ以下

の宗教施設があることになり、同じ宗教を信仰しない国でもその様子は大きく異なることがわかります。

実際に自分の家の周りにある宗教施設を調べてみると、半径1km以内に5つの神社と5つの寺院があり、その他に小さな宮だけのある場所(神道施設)が5箇所と、きちんと管理されたお地蔵さん(仏教施設)が複数確認できます。
私の家は別に宗教的な街でも何でもない普通の住宅街で、宗教的施設が特別多い場所ではないと思うので、場所によってはこの数はもっと増えるケースもあることでしょう。
以上のように日本には宗教施設がとても多く、ただの無宗教とは違うのです。

実際、日本で『宗教を信仰していますか』というアンケートをとれば、信じないと答える人が多く、それどころか宗教に対し嫌悪感すら持つ人が多い国民性なのは事実ですが、しかしほとんどの日本人は、死んだときに仏教式の儀式(お葬式)を受けますし、神社へのお参りも、ほとんどの日本人が人生で何度も行っています。

つまり日本人は、宗教を『信仰していない』のではなく『信仰していることに気づいていない』だけなのです。

それほど日本では宗教が自然に溶け込んでいるということです。
特に日本で古くから信仰される独自の宗教『神道』はこの傾向が強く、ほとんどの日本人は神道を信仰しているという自覚がありません。
そもそも神道の神自体が深い信仰を求めないのです。

キリスト教は、週に1回の礼拝日があったり、聖書を読むことを過度に勧められたり、宗教広めるために宣教になることを推奨されたりますし、イスラム教では、1日5回の礼拝をしたり、年に1月の日中の断食などの宗教的な行動を求められます。
しかし神道ではこのようなことが一切にないに等しく、神社へのお参りには行きたいときに行けばよく、お布施(お賽銭)も特別なことをしなければ払いたいときに払いたいだけ払えばいいのです。
また神道には、聖書やコーランなどの明確な教典(神典)もなく、教義もこれと言ったものはありません。
つまり、神道において強要されるもの何もないのです。

更に全てのものに神が宿る超多神教の神道では、人の上に神が存在するという発想もほとんどありません。
なにせトイレにも神様が宿る世界なので、神をもれなく尊敬しろということには無理があります。
そのため神道の神は、一般の民衆と同じ場所に座って酒を酌み交わすような存在に近いのです。
それを証拠に、(大きな神社を除く)神社は子供の遊び場となっており、特別に神聖な場所であるという感覚が薄くなっています。
私自身、子供の頃は家の近くの神社で友達とよく野球をして遊んでいました。(ただし神殿などにボールを当てたらいけないという感覚は、子供の頃からありました)

このように神道は、信仰心が浅く求める見返りも浅いものでしかありません。
一方、現在の世界で多くの人に信仰される宗教は、どれも深い信仰心を求めます。
その結果として、深い見返りも求めたり、他の宗教に対し排他的になったりするのは当然です。
それが宗教間での戦争やテロ攻撃といった様々な問題を起こしているとも考えられ、イスラム教に戦争やテロなどの問題が多いのも、1日5回の礼拝や年に1ヶ月の日中の断食といった極めて深い信仰を求める宗教観に、何らかも問題があるのではないかと私は思っています。
そして日本も、過度に神道が信仰されていた時代(明治維新から太平洋戦争終結まで)は、戦争などの問題をよく起こしていました。(本来の神道は現在のような自然に溶け込んだ浅い信仰が基本である)

海外の反応を見ていると、外国人でも神道に興味がある人がいるようで、中には神道の歴史や作法などを深く勉強している人もいるようです。
当然、神道を勉強することは良いことだと思いますが、そもそも神道ではそんな必要はないのかもしれません。
なぜなら、神社の拝殿でキリスト教風のお祈りをしても、日本の神様は気に留めることもなく『変わったお祈りする人が来たな~』と思うだけです。
一方、キリスト教の教会で神道風お祈りをしたら、それは正しい祈り方ではないと神様は怒るかもしれません。
このように神道は、他の宗教と違い気軽に信仰してもいい宗教で、特別の勉強などは必要ないのです。

以上、もし海外の方で神道に興味があるのでしたら、ぜひ気軽に神社を参拝していただきたいと思います。(もちろん境内での非常識な行動はお控えください)

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