シリーズ日本の第二次世界大戦⑤ 原爆投下と無条件降伏

歴史
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第二次世界大戦において、日本にとっても世界にとっても歴史的な大きな事柄となっている広島と長崎への原爆投下。
今回はこのことについて考えていきます。

現在における国際的な原爆投下の意味は、『アメリカが日本との戦争を終わらせるために原爆を落とした』というものが定説になっていますが、実態は全く違います。
本当の原爆投下の意味は、むしろその逆と言ってもいい状況だったのです。
以下、原爆投下の実態と第二次世界大戦終結の異常性について説明していきます。

当時の日本は、ポツダム宣言受諾の数ヶ月前(沖縄戦後)から降伏は時間の問題となっており、太平洋戦争の結果も硫黄島の戦い(1945年3月)で既に決していました。
実際に日本は、日中戦争・太平洋戦争の降伏に動き出しており、1945年の3月には中国で蒋介石との和平交渉に向けた具体的な行動を起こし、同年4月にはアメリカとの和平交渉を目指しソ連に仲介を頼んでいます。
そもそも原爆が投下される時期の日本は、1945年7月26日に発せられたポツダム宣言を受け入れるかどうか、政府内で日夜議論を交わしていたのです。

一方、この頃のアメリカは既に日本との戦争に興味はなく、その後の世界をめぐる覇権争いに目が向いていました。
その覇権争いに効果的だと考えたのが、日本への原爆投下です。
たった1つの爆弾で数万人が死に絶える原爆の投下ほど、他の国への威嚇になるものはないでしょう。
アメリカが原爆の実験に初めて成功したのが1945年7月16日で、実際に投下したのが同年8月6日(広島)、8月9日(長崎)という事実を考えると、当時のアメリカが慌てて原爆を投下をした実態が伺えます。

つまり原爆投下とは、戦争を終わらすためではなく、戦争が終わりそうだから急いで投下したわけです。

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