パリピ孔明にみる日本と中国の歴史観のズレについて

歴史・文化
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『SPY×FAMILY』に並ぶ今季の注目アニメ『パリピ孔明』が、先日、最終回を迎えました。
このパリピ孔明は、三国志の登場人物である諸葛亮孔明(以下、孔明)が登場するということもあり、中国でも話題で評判も上々とのことです。
今回は、この『パリピ孔明』から日本や中国にまつわることを色々と考えてみます。

【パリピ孔明の説明】

五丈原の戦いで病死した諸葛亮孔明が若き日の姿でハロウィン真っ只中の現代日本・東京都渋谷に転移し、そこで出会った駆け出しのシンガーソングライター・月見英子の夢を叶える軍師として活躍する姿を描く物語。

引用:パリピ孔明 – Wikipedia

中国は三国志の舞台ですから、当然のように三国志に関する創作物は多数作られているのですが、パリピ孔明のような作品が中国で生まれるかと問われれば、おそらくそれは無理でしょう。
規制が厳しい中国では、過去の偉人に対しおかしな扱い方をすることが難しいという側面もありますが、そういった理由よりも孔明が現在にやってきてパリピになるという発想が中国人にはなかなか生まれないと思います。

日本では漫画やアニメになる題材の幅がとてつもなく広いという事情もありますが、それ以上に、日本人は孔明ことを一部超人的な人物と考えている節があるのです。
日本では、孔明が天候を自在に操ったなどという非科学的なことまでできたというイメージが多少なりともあるようで、その他にも三国志の中で最強と謳われる呂布や伝説の名馬として知られる赤兎馬など含め、日本で作られる三国志に関する創作物はやたらと非現実的な描写が多いのです。
このことが、孔明に対し極めておかしな設定の創作物ができた理由に繋がっていると思われます。
こういったことが起こる原因は、日本の三国志が『三国志演義』という14世紀末から15世紀初に書かれた歴史小説をもとに語られているからです。(三国志は2世紀から3世紀の出来事)
一方、中国は三国志を本来の姿である歴史書として見るケースが多いので、三国志の出来事は歴史ドラマなどとして描かれることが大半となっています。

歴史という観点で三国志を見た場合、同時代の日本ではどんな人が活躍していたしょうか?
それは日本の歴史に初めて名を残す卑弥呼です。
そもそも卑弥呼が登場する魏志倭人伝も、65巻ある三国志の1巻なのです。
しかし、卑弥呼は何をしたのかも、住んでいたとされる邪馬台国がどこにあったのかもわかっておらず、日本においても半分神話の人物のような扱いとなっています。
中国は、三国志よりも遥かに昔から歴史を文字に残し、漫画『キングダム』の舞台になっている秦の始皇帝にまつわる話は三国志よりも更に500年程も前の出来事です。
このような歴史的な状況から、中国人は孔明のことを歴史上の人物として当然扱います。
そんな歴史上の人物が現在にやってきて、歌手をプロデュースするなんて発想を中国人は普通にしないわけです。

以上のように、パリピ孔明が生まれた背景には、日本と中国における三国志の扱い及び歴史観のズレがあると考えられます。
そしてこのズレが、政治的に日本と中国が対立する原因になっているかもしれません。
中国人は広大な領土と長い歴史を持つ自国に対し大きな自信を感じ、自分たちが世界の中心であるという思想(中華思想)を抱きやすい状況にあります。
そういった思想は、中国が他国と協調路線を取らず、国際社会の中で新秩序を作ろうとする動きにも繋がっている可能性も十分考えられるのです。
日本の政治家も中国の政治家も、あるいはロシアの政治家もウクライナの政治家も、パリピ孔明を見習ってもう少し気楽にものを考える“パリピな気質”を持ったほうが、天下泰平には繋がるのかもしれません。

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