安倍元首相に対する国葬の是非と早逝した著名人に対する想い

政治
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銃弾に倒れた安倍晋三元首相について、今秋に国葬が執り行われることが決定したそうです。
このことに対し反対の意を示す人も多数おり、大きな議論を呼んでいます。

もし仮に、安倍元首相が政界を引退し今から30年後に亡くなったとしたら、その葬儀は国葬になったでしょうか?
そのときの政権にもよりますが、現在と比べ国葬になる確率は大幅に下がるはずです。
そう考えた場合、安倍元首相は生き方ではなく死に方の評価によって国葬が決まったことになります。
当然の話ですが、国葬を行うかどうかはその人物の過去の功績で判断されるべきです。

しかし現実問題、アメリカのケネディ大統領やリンカーン大統領が他の大統領よりも著名で功績もよく知られているのは、不遇の死を遂げているからに他なりません。
芸能の分野でも、ジェームス・ディーンもマリリン・モンローもブルース・リーも松田優作も尾崎豊も、早逝したことによって後年の評価を高めています。
結局、人間は人の死に対して拭い去れない感情があるのです。
これこそが人間が他の動物と分け隔て考えられる部分であり、死に方が理由で国葬になることも100%は否定できないわけです。

現在、Twitter上では『安倍晋三の国葬に賛成します』というハッシュタグと、『安倍晋三の国葬に反対します』という相反するハッシュタグが多数使われ大きな議論になっていますが、私はこの問題について『安倍晋三の国葬に賛成も反対もしません』というハッシュタグを使い活動したいと思います。

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