パラリンピックはオリンピックと本当に同列なのか?

社会
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今から私は問題発言をします。
それはパラリンピックに関して前々から感じていた違和感についてです。
近年、行政組織を中心にオリンピックとパラリンピックを何が何でも同列に扱おうとしている様子が伺えるのですが、パラリンピックは本当にオリンピックと同列に扱うべき大会と言えるのでしょうか?

当然、生まれながらに障害を持つ人や事故で障害を負った人に対する希望の光として、身体障害者スポーツおよびパラリンピックは素晴らしいもので今後も続けていくべきものだと思います。
しかしその点を考えても、やはりオリンピックとパラリンピックは規模が全然違うと感じるのです。
端的に言って、健常者のスポーツと身体障害者のスポーツは競技者の数が全く違います。
10000人の中から選ばれた選手と10人の中から選ばれた選手のどちらが素晴らしいかと問われれば、やはり10000人中から選ばれた選手のほうが素晴らしいことは間違いがないわけで、身体障害者に競技者が限られたパラリンピックをオリンピックと同レベルに扱うことにはどうしても違和感を感じてしまいます。
もしパラリンピックの規模がオリンピックと同じなら、それは世間に身体障害者が溢れかえっている状態になるので健全な社会ではないでしょう。

こんなことを言うと、パラリンピックの選手もアスリートとして素晴らしいと言う人もいるかもしれません。
確かにパラリンピックの中にはスポーツ的にみて素晴らしいものがあることは事実です。
しかし、アスリートだったら尚のことパラリンピックがオリンピックとはレベルが違うことがわかるはずなのです。
アスリートの観点で考えれば、オリンピックとパラリンピックが比較にならないことは紛れもない事実かと思います。

身体障害者に関する問題なので気安く発言できることではありませんが、スポーツ選手を目指していたものとして意見を言わせていただきます。

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