橋下徹前大阪市長が主張する徴用工問題に感じる違和感

歴史
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橋下徹前大阪市長が『胸いっぱいサミット!』という関西地区で放送されているテレビ番組に出演し、韓国の徴用工に対し日本側は賠償金を支払うべき可能性があることを、かなり強く主張していました。

その根拠は、主に

1、『日本政府が、サンフランシスコ講和条約を理由に原爆やシベリア抑留などの被害者に対し個人賠償せず、賠償金が欲しいのなら(個人の賠償権は消えていないので)直接相手国に言うべきだと2000年まで主張していた』
2、『日韓基本条約が結ばれた際の韓国は民主化がされておらず、当時の韓国政府は国民の代表とはいえず個人賠償が残っている可能性がある』
3、『中国の強制労働者に対しては、日本の最高裁が個人賠償を認めている』

という3点からなっていました。

この件に関わる橋下徹氏のTwitterも以下に記載します。


正直、このツイートだけでは橋下氏が言う通りチンプンカンプンで理解不可ですので、『胸いっぱいサミット!』で橋下氏がした3つ主張を基本に考えていきたいと思います。

まず私が橋下氏が行った主張で最初に感じた疑問は、原爆やシベリア抑留の被害者と韓国の徴用工の問題を一緒くたにしていることです。
日本は第二次世界大戦の敗戦国なわけですから、アメリカやソ連から戦後賠償を受けたことも受けれるわけもなく、日本政府としては、政府が定める以上の個人賠償を求める人に対しては、それは直接相手国に言ってくださいとしか主張できないでしょう。
一方、韓国は日本と日韓基本条約の付随協定として『財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定』(以下、日韓請求権並びに経済協力協定)を結び、賠償がなされています。
以下に日韓請求権並びに経済協力協定の重要部分を引用します。

日本国は、大韓民国に対し、(a)現在において千八十億円(108,000,000,000円)に換算される三億合衆国ドル(300,000,000ドル)に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて無償で供与するものとする。各年における生産物及び役務の供与は、現在において百八億円(10,800,000,000円)に換算される三千万合衆国ドル(30,000,000ドル)に等しい円の額を限度とし、各年における供与がこの額に達しなかつたときは、その残額は、次年以降の供与額に加算されるものとする。ただし、各年の供与の限度額は、両締約国政府の合意により増額されることができる。(b)現在において七百二十億円(72,000,000,000円)に換算される二億合衆国ドル(200,000,000ドル)に等しい円の額に達するまでの長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従つて決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付を各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように、必要な措置を執るものとする。前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。

参照:財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 第一条一項

両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

参照:財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 第二条一項

以上の協定文を要約すると、日本は韓国への経済援助として、
無償援助:1080億円(3億ドル)
有償援助(長期低金利貸付):720億円(2億ドル)
を行い、これによって国と国民に対する請求権が解決されたという意味です。

この条約に基づき韓国は、1971年に『対日民間請求権申告に関する法律』、1972年に『対日民間請求権補償に関する法律』という法律を作り、自国民への個人賠償を行います。
このような法律が日韓請求権並びに経済協力協定締結後にできたということは、韓国政府側が自らの手で日韓併合時代の個人賠償を行ったという証拠であり、つまりは日本から得たお金の中には個人賠償のお金が含まれていることを韓国政府側も認めていたということです。
そのため、もし韓国国民が賠償額に不満があるのなら、それはやはり韓国政府が行わなければならないでしょう。
今回の徴用工裁判では慰謝料の概念が示されていますが、日韓請求権並びに経済協力協定の第二条には『完全かつ最終的に解決』と書かれている以上、その請求も認めるべきではありません。
以上の協定の何をどう見て、橋下氏は韓国人徴用工に個人の請求権が残る可能性があると考えたのでしょうか?

日韓請求権並びに経済協力協定には『サン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条』という記載があるので、こちらの条約についても続けて考えてみたいと思います。(『日本国との平和条約』とは、俗にいうサンフランシスコ講和条約もしくはサンフランシスコ平和条約と呼ばれる条約です)

(a) この条の(b)の規定を留保して、日本国及びその国民の財産で第二条に掲げる地域にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。)で現にこれらの地域の施政を行つている当局及びそこの住民(法人を含む。)に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。第二条に掲げる地域にある連合国又はその国民の財産は、まだ返還されていない限り、施政を行つている当局が現状で返還しなければならない。(国民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む。)

(b) 日本国は、第二条及び第三条に掲げる地域のいずれかにある合衆国軍政府により、又はその指令に従つて行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。

参照:日本との平和条約 第四条

そして、この第四条で記載されている第二条は条約文は以下の通りです。(第三条は沖縄や小笠原周辺のことなので省略)

(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

(d) 日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。

(e) 日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。

(f) 日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

参照:日本との平和条約 第二条

以上の条約文は、日本が過去に占領した地域にある資産については、当事国間で別途特別に取り決めをしなさいということで、韓国においては前記した『財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定』がそれに該当します。
実質的には、日本側が占領地域にあった政府や国民の資産を放棄したのですが、これの意味することは日本側の資産を対象国側に与えたということです。
外務省の調査によると、1945年8月5日時点の朝鮮半島の日本資産は702億5600万円ですので、この金額も一種の賠償または援助に値するものになるはずです。
これ以外にも、日本は韓国側に民間借款が1080億円以上、ODAは総額6700億円(大半は円借款)と相当額の援助を行っています。

次に、韓国が日韓請求権並びに経済協力協定締結時点で民主化していないため、当時の韓国政府は国民の代表ではないという橋下氏の主張ですが、そんなことを言い出したら選挙をしていない国との交渉なんて何もできなくなる可能性がありますし、政権が変わるごとに条約を破棄しても構わないという考え方にまで発展しかねません。
例えば、独裁国家が民主化された場合などに、以前の政府は国民の意見を反映していないから過去の条約を全て破棄するなんてことを主張できてしまいます。
世界的に見れば民主化していない国なんていくらでもあるのですから、これでは国と国との約束が成り立ちません。

最後に、中国の強制労働者に対して日本の最高裁判所が個人の賠償権を認めたという橋下氏の主張ですが、中国は戦後賠償を放棄し、日韓請求権並びに経済協力協定のような協定を結んでいないのですから、韓国とは状況が異なります。
また、中国が行った戦後賠償の放棄も共同声明を出しただけだったため、条約ほどの確定的な取り決めではありませんでした。
いずれにせよ、個人の賠償は国ごとに結ぶ条約や協定により違いがあって当然だし、ましてや日本国民に対する補償と日本が支配した地域住民に対する補償などは違って当然です。

以上のように、今回の徴用工裁判に対する橋下氏の主張は理解できないものが多い印象を持ちました。
それがテレビで時間がなかったためなのか、本の宣伝のためにあえて話題になるような発言をしてるのかはわかりませんが、とにかく違和感の感じることが多かったので急遽記事にした次第です。

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