前回の記事で、山本一太群馬県知事を脅迫したとして逮捕された男のことを取り上げ、行き過ぎた逮捕であると批判的な意見を示しました。
しかしインターネットを見ていると、私の意見とは逆にこの逮捕を肯定的に見ている人が多く、中には『相手が脅迫と感じたら、それは脅迫だ』などと滅茶苦茶なことを言う人も見受けられました。
以前にも似た内容のことを書いていますが、もし、この世から犯罪が一切なくなって困るのは誰でしょうか?
それは警察や検察です。
犯罪がなくなれば警察・検察の仕事の大半がなくなるので、警察官や検察官は職を失います。
警察の仕事として落とし物の扱いや免許の更新などの仕事は残りますが、そんなことは警察がやらなければならない仕事というわけではありません。
もちろん犯罪が完全になくなることは現実的ではあるいませんが、犯罪が減っていけば警察・検察組織の縮小などという既得権益の減少を招くわけです。
それを避けるために警察や検察、あるいは犯罪学者や犯罪ジャーナリスト、犯罪に対する活動家などが何をするのかというと、新たな価値観を国民に植え付け、新しい犯罪を作るのです。
実際に、昔は良かったのに今は駄目ということが多くなっていないでしょうか?
セクハラや路上タバコなどがわかりやすい例と言えます。
セクハラや路上タバコを規制したことで世の中が良くなっているように思え、実際に良くなっている部分もあるでしょう。
しかし、次から次へと新たな規制を設け続けたら、とても窮屈な社会になってしまいます。
前回の記事で取り上げた侮辱罪の厳罰化も、こういった類のものを感じるのです。

具体的な話として、私は将来、子供のスポーツが禁じられると思っています。
かつて家庭の事情で子供が労働することは当たり前でしたが、昨今は子供の労働に対する目が国際的にも厳しくなっています。
子供がスポーツをすることも親の強制力が大なり小なり働いているので、今後批判の目が向けられる可能性を感じるわけです。
特に新体操やバレエなどの体を柔らかくするため柔軟運動が、一般人からすると虐待にしか見えず今後批判の対象になるような気がしています。
そうなると、他のスポーツでも小さい頃から英才教育で激しいトレーニングさせることが正しいのかという議論になるわけです。
学生スポーツの現場では指導者によりパワハラ問題がまかり通っていますし、そもそも子供の行動に対する法的な締付けは年々強まっているので、子供の(本格的な)スポーツが禁止になることは意外に現実的な話に思えます。
結局、このようにして世界はどんどん窮屈になっていくのです。
ここ100年で、犯罪に対する価値観は相当厳しくなっています。
犬の糞は拾わなくてはなりませんし、立ち小便なんてもっての外です。
当然、これから先の100年も犯罪に対する価値観は厳しくなり、今は自由に行えることにも規制がかかるかもしれないのです。
そんな規制だらけの社会へ突き進むことが人類にとって本当に幸せなのか、現人類はしっかりと考える必要があるでしょう。
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