反共のために反日と手を結んだ自民党の真実

政治
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戦後初の首相経験者の殺害事件として大きく報道された安倍元首相襲撃事件ですが、今やこの問題は自民党と統一教会の癒着問題へと移り変わっています。
首相経験者が殺害されるというニュースは、普通に考えたら何年も語られるようなビッグニュースのはずですが、そのような報道がなくなり自民党と統一教会の癒着問題として報じられているという現実は、それほど自民党と統一教会の関係が深く、また国民を裏切る行為だったということです。

自民党と統一教会の関係は、1960年代まで遡るとされます。
報道によると、大物右翼で日本裏社会のトップとも言われていた児玉誉士夫や笹川良一が、反共という旗印のもと統一教会の関連団体である国際勝共連合と自民党を結び合わせたそうです。
具体的には、1968年1月に韓国で国際勝共連合を立ち上げた統一教会の創始者・文鮮明が、同年4月に児玉誉士夫・笹川良一と自民党の岸信介元首相(当時は岸の実弟である佐藤栄作が自民党総裁)と会談し、日本でも活動が始まったとされています。(文鮮明は戦前の日本語教育の影響か日本語を話すことが可能)
この国際勝共連合は、当時、日本の統一教会トップだった久保木修己が、(日本側の)初代会長が務めていることからもわかる通り、実態は統一教会の関連団体だったと考えられます。

しかし以前の記事で示した通り、統一教会は強烈な反日団体でした。
日本の政権を担っていた自民党が、反共のために反日団体と手を結ぶことには違和感がないでしょうか?
共産主義の善悪については議論の余地があるため、日本にとってプラスになるのかマイナスになるのかはわかりませんが、反日が日本にとってマイナスであることは逃れようもない事実かと思います。
にもかかわらず反共のために反日団体と手を結ぶということは、自民党が日本という国より民主主義のほうが重要と考えていたことになります。
こういった現実については、強く疑問を感じざるを得ません。

実は、この疑問を解くヒントがあります。
それは1994年にできた自社さ連立政権です。
この連日政権については、当時からずっと違和感を感じていました。
ついこの間までもっとも対立し、主義主張も合わなかった自民党と社会党(後に社民党と改名)が手を組むことは、多くの人が違和感を感じたはずです。
また、統一教会と手を結んだ理由が反共のためだったのに、今度は社会党という共産主義勢力と手を結ぶことも意味不明な話と言えます。

つまり、自民党が統一教会と手を結んだ理由は、反共による共闘なんて理由ではないのです。
自民党は、勝つため(政権を担当するため)なら誰とだって手を結ぶのです。

宗教との結び付きが強い公明党と長い期間にわたって協力体制を保っているのも、選挙に勝ち政権政党であり続けるためと思われます。
そしてこの政権維持に対する貪欲さが、自民党が戦後長らく政権を獲得している理由にも繋がっているのでしょう。
しかし、当然こんな節操のないことを続けていれば、負の部分が溜まっていきます。
現在その負の部分が、安倍元首相の殺害事件を機に一気に爆発したと考えられるわけです。

私は、一貫して自民党に対し不支持を表明してきました。
それは主義主張の問題よりも、自民党が権力を持ちすぎているためです。
自民党は1955年から現在まで、非自民・非共産連合政権と民主党政権の約4年間を除き、ずっと日本の政権を担当し続けています。(自社さ連立政権時は、社会党/社民党の村山富市が首相を務めた)
これはいくらなんでも異常です。
もちろん選挙をしているので独裁政権ではありませんが、他の民主主義国家に比べれば一党独裁に近く、権力の集中は相当なものになっていると想定されます。

現在、支持する政党がないという理由で消去法的に自民党が選挙で勝ち続けているわけですが、政治の腐敗を生まないためにも、しばらくの間は自民党に投票することをやめたほうがいいと思います。

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