A級戦犯に死刑判決者はいない? A級戦犯・東京裁判について考えてみる

歴史
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A級戦犯とは、第二次世界大戦における日本の責任を問う極東国際軍事裁判(俗にいう東京裁判)で起訴された28人のことで、その中でも特に絞死刑となった板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、広田弘毅、松井石根、武藤章の7人のことを指す場合が多いようです。

しかし、実際この7人の中に本当の意味でのA級戦犯は存在しません。

板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、広田弘毅、武藤章の6人は、正確に言うならばA級戦犯ではなくAB級戦犯です。
松井石根に関しては、全くもってA級戦犯ではなくB級戦犯となります。

ここで問題となるのは、A級戦犯とは何なのかという問題です。
少し説明します。
第二次世界大戦における日本人の戦争犯罪者は、3つに罪により裁判を受けることとなりました。
その3つの罪とは、

平和に対する罪(A級犯罪)
通常の戦争犯罪(B級犯罪)
人道に対する罪(C級犯罪)

です。
そして『平和に対する罪』で裁かれた者が、A級犯罪を犯したとしてA級戦犯、『通常の戦争犯罪』と『人道に対する罪』で裁かれたものが、B級犯罪・C級犯罪を犯したとして、まとめてBC級戦犯と呼ばれます。
※この分類は罪の重さではなく、あくまで犯した犯罪の種類によるものです。

『平和に対する罪』で裁かれた者は極東国際軍事裁判(東京裁判)にしかいませんが、実際には極東国際軍事裁判で起訴されたほとんどの人たちは、『平和に対する罪』と『通常の戦争犯罪』の両方で起訴されており、中には『平和に対する罪』では起訴されていない人もいます。(板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、広田弘毅、武藤章の6人は『平和に対する罪』と『通常の戦争犯罪』で有罪になったAB級戦犯、松井石根は『通常の戦争犯罪』で有罪になったB級戦犯)
『平和に対する罪』(A級犯罪)のみで有罪になった者は15人おりますが、その中で死刑判決を受けたものは1人もいません。(禁錮7年から終身刑まで)
その15人は、みな減刑のもと1956年3月までには釈放されており(拘置期間内で病死したものは除く)、中には釈放後政界に復帰し国務大臣を務めた者までいます。

日本人も日本の歴史問題を指摘する外国人も、A級戦犯はとてつもない悪事を働いた最高級の戦争犯罪者と思っている人が多いですが、実際、戦争犯罪人としては比較的軽い罪でしかなかったのです。
靖国神社にA級戦犯が祀られているからという理由から参拝を問題視する人がいますが、その考えは相当ズレた考えと言わざるを得ず、事実をもっと見定める必要があるかと思います。

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コメント

  1. かみかわ より:

    昭和帝 合祀で参拝 控えたり ボケ老人と 笑わば笑え

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