現在人が石器時代に行ったらどんな技術革新を起こせるのか?

科学的知見
この記事は約4分で読めます。

最近『Dr.STONE』という漫画を知って、その内容にビックリした。それは正に自分が昔から考えていたことと同じだったからだ。(漫画の詳しい中身については全く理解していない)

私が何を考えていたのかというと、『現在の人間(個人)が、ある日突然に石器時代などの文明が起こる前の世界にタイムスリップしたら、人類の文明進化をどのように変えられるか?』という疑問だ。
今回は、このことについて考えてみる。

文明の根幹的な発明

まずは、人類文明を劇的に変えた根幹的な発明について考える。

電気

現実に利用され始めた時代:およそ150年前

説明するまでもないが、1人の人間の力では電気技術を広く発展させることは不可能だ。たとえエジソンがタイムスリップしたとしても、石器時代に電気製品を残すことは不可能だろう。

現実に利用され始めた時代:およそ5,000年前

日本の鉄は、砂を木炭を高熱で数日間燃やして作るということは知っているが、具体的に何をどうすればいいのかを理解している人はごく僅かで、1人の力で鉄製品を作るのはほぼ不可能と言えるだろう。

土器

現実に利用され始めた時代:およそ20,000前

さすがに土器ぐらいなら作れそうだが、『どんな土を使えばいいのか?』、『どれくらい焼けばいいのか?』などといった知識はないし、そもそも火が起こせない。自分は今まで生きてきて、文明の力を使わずに火を起こしたことなんて1度もないのだ。
木の枝か何かを回転させて火種を作り、ヤシの実の繊維などに包ませて空気を送り、少しづつ火を大きくしていく・・・これがテレビなどで見た火起こしの知識だが、現在の準備されたキットでも火を起こす作業はかなり大変なようで、石器時代に火を起こすのはそう簡単ではないと想定される。ナイフでもあれば作業がかなり楽になりそうだが、そもそも鉄がないのでナイフもない。
当然、石器時代にはガラスも落ちていないので、虫メガネの要領で火を起こすこともできない。

衣食住に関するもの

続いて、衣食住に関する道具などについて考えていく。

現在の服飾専門化が石器時代に行っても、まず服を作ることは無理だろう。生地がないのだから当然の話だ。
毛皮などを糸で縫えばそれなりのものは作れそうだが、その糸が作れないし鉄製の針もない。そもそも毛皮を裂くことなど、現在人のほとんどの人にとっては無理な作業だろう。

麦や稲などの穀物、または野菜の栽培などができれば食生活は大幅に改善するだろうが、その素となる植物がどこにあるのか分からず、せいぜい出来ることは果物の種を植えるぐらいと思われる。しかし、それぐらいのことは石器時代にも行っていたかもしれない。
狩猟の道具として弓矢や釣り竿を作れば、肉や魚といった豊富な食材を手に入れることが出来るだろうが、前記したとおり糸が作れないからそれも無理だろう。

居住空間として比較的簡単なレンガ積みの建物のなら作れるかもしれないが、そもそもレンガって何で作れているのかなんて、ほとんどの人は一生のうち1度も考えないだろう。おそらく土か何かを乾燥させているのだろうが、先ほども示した通り火が起こせない。日干し煉瓦というものもあるらしいが、いずれにせよレンガの知識があまりないし、家一軒作るのには時間がかかりすぎて途中で挫折する可能性が高い。
木製の建物は、どうやって木を切っていいかすらよく分からないのだから当然作れるわけがない。

その他

最後にその他の分野について考える。

医療

薬草を使った薬を作れれば医療レベルが格段に上がるだろうが、そんな知識は持ち合わせている人間はごく僅かだ。それでも頑張って薬草を見つけ出そうとしたら、薬で助かるより毒で死ぬ可能性のほうが高いかもしれない。

燃料

原油や石炭があれば燃料として使えるかもしれないが、どこをどうやって掘り出せば出てくるのか分からないし、どうやって使っていいのかもわからない。
使える燃料とした木炭ぐらいだろう。土窯に入れた木を燃やし、空気を遮断し不完全燃焼を起こせば木炭ができるが、何度言うが火を起こす術がないのだ。

以上のように、現在人が石器時代にタイムスリップしても、何1つ技術革新を起こせない可能性が高い。
頑張って火を起こせれば、土器やレンガぐらいなら作ることも可能だろうが、それすらも年単位で試行錯誤を繰り返すかなり大変な作業になるだろう。おそらくは、そんな作業をやっている暇がないくらい生きていくことに精一杯になるのが関の山と思われる。
つまり、現在人は原始人に何かを教えるどころか、生きていくための生活の知恵を原始人から日々教わることになると想定されるわけだ。
そう考えると、人類の進化とは何なのかと不思議に感じてくる。現在人は無意識的に昔の人より知能が高くなっていると考えているだろうが、実際はそんなことはないかもしれない。

人類の進化とは、知識や技術の圧倒的な積み重ねとその伝達・伝承による賜物であり、個人で考えれば進化は微々たるものなのかもしれないのだ。場合によっては、全く進化していない可能性すら考えられる。
現在はインターネットやSNSが発展し個人が各々自己主張をする時代となっているが、何かを改善したいのなら、独りよがりにならず知恵を出し合って協力するべきなのだろう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメント

Translate »
タイトルとURLをコピーしました