麻雀で負けてイライラする理由とASAPIN(朝倉康心プロ)の凄さ

麻雀の競技性
この記事は約5分で読めます。

前回の記事では、ストレスの少ない麻雀のルールを考案しました。
そこで今回は、麻雀で負ける際のストレスについて少し掘り下げて考えていきたいと思います。

麻雀と同じ頭脳系競技に分類される将棋や囲碁では、負けた際に悔しい気持ちになることが多いように感じます。
将棋や囲碁は運要素がほとんど介入しない実力の勝負であるため、負けた=実力が相手より劣っていたということになり、負けて悔しさを感じることは当然の話です。
特に将棋はミスをしたほうが負けると言われるゲームなので、負けた以上は自分にミスがあったということになり悔しさは倍増します。

一方、麻雀で負けたときは、悔しいというよりもイライラするように感じます。
運要素の高い麻雀では100点満点の打ち方をしても最下位になることがザラにあるので、悔しさよりもゲームの理不尽さを感じイライラが募るのです。

以下の例をご覧ください。

・東1局で他者に役満を和了られ、親かぶりした
・自分と関係のないところで飛び終了し、親番が1回も回ってこなかった
・自分が親番のときに他者に3巡で和了られた
・リーチのみ手に振り込んだはずが、裏ドラが3枚乗って満貫払いになった
・めったに出ない手(三色同刻や二盃口など)をテンパイしたのに、同じ牌のめくり合いに負けた
・役満の手をロンしたはずが、1翻のみの手に頭ハネされた

麻雀をしている人なら、このようなことは誰でも経験があることでしょう。
これらは、実力ではどうにもならない運にまつわる話です。

もし麻雀の勝負をフィギュアスケートなどの採点競技で例えるなら、トップクラスの選手がミスのない最高のパフォーマンスをしても最下位になるようなもので、こんな理不尽なゲームは本来なら競技として成立すらしません。
これが麻雀で負けた際に、悔しさよりもイライラしてストレスが溜まる正体です。
特に赤あり(赤ドラあり)が当たり前となった現在の麻雀はスピード勝負の傾向が強まり、手を進めて良い手が完成しそうなのにも関わらず、他者に安い手(ドラを除く安い手)で早あがりされるというストレスになりやすいゲーム進行が増えています。

そこで前回の記事では、麻雀におけるストレス要因の1つである“最後まで自分の手を進められず誰かが和了ったらゲーム(1局)が終了する”というシステムを改善したルールを提案しました。
この和了ったら終了というシステムをサッカーや野球で例えると、点を取った時点で試合が終了するようなものです。
麻雀には半荘や東風などといった対局数に関する規定があるので、1回和了ってゲーム終了ということはありませんが、中身を精査すれば良い手牌進行をしても途中で終わってしまうということが頻発するストレスの溜まりやすいゲームと言えます。

話は少し変わりますが、皆さんはASAPINというハンドルネームで知られる朝倉康心というプロ雀士のことをご存じでしょうか?
彼はネット麻雀界で最強の名を欲しいままにし、Mリーグにも参加していたので麻雀を好きな人なら知っている方も多いかと思います。
朝倉プロはネット麻雀の代名詞である『天鳳』の最高位である天鳳位の初代獲得者で、16年で22回しか与えられていない天鳳位(4人麻雀限定)を2回獲得し、運ではなく実力で最高の称号を獲得したことも証明しました。
更に、アバターやガチャなどのゲーム要素を取り入れ近年人気のネット麻雀『雀魂』では、4人麻雀でも3人麻雀でも雀天という最高峰の称号を獲得しています。

こんな朝倉プロの凄さについて、私は麻雀(ネット麻雀)を打ち続けることにあると思っています。
いくら朝倉プロの実力が飛び抜けていても、運要素の高い麻雀で最高レベルの実力を示すには、ものすごい数の対局をこなさなければなりません。
朝倉プロがネット麻雀でこれだけの数の称号は獲得した事実は、十年以上に渡り、寝る間も惜しんでネット麻雀を打ち続けた結果なのです。
理不尽でストレスの溜まりやすい麻雀をこんなにも打ち続けるなんて、通常の感覚から相当逸脱していとしか思えません。
ましてや、ギャンブル麻雀で収入を得るわけでもなく、賞金のある麻雀大会で優勝を目指すわけでもなく、ネット麻雀をひたすら打ち続けることは、もはやネット麻雀に対する強い依存性すらも感じます。
実際にネット麻雀を観戦していると、朝倉プロはとんでもないような時間帯(早朝など)に麻雀を打っており、もはや麻雀ジャンキーに近いような存在になっているようにも思えます。

自分は天鳳で1回六段まで昇段したことがありますが、その際はもう二度と麻雀を打ちたくないと思ったほどです。
本当はアカウントが永久保存される七段を目指していたのですが、やっているうちにとてもじゃないが打ち切れないと思い、六段になって直ぐにやめました。(アカウントも消滅)
その後も何度か天鳳はやりましたが、毎回二段程度でやめています。
そんな自分からすると天鳳位や雀天なんて気が遠くなって気絶するレベルの話で、実力云々よりも麻雀に関するストレスによく耐えられるなと感じるのです。

麻雀の運要素の高さは、麻雀に関するストレスの根本的な原因になっているかと思います。
将棋なら通常10回も対局すれば、ある程度の実力は判別します。
しかし運要素の高い麻雀は、半荘を400回程度は打たないと、ある程度の実力すらも判別できないとされているのです。
アマチュアレベルの将棋は、持ち時間15分で切れたら60秒とか持ち時間10分で切れたら30秒などのルールで指しており、半荘の麻雀と終了までの時間はそう変わりません。
つまり、麻雀は実力を示すことに対する時間の浪費が激しく、その間に運要素に関わる理不尽さを幾度となく感じることになるわけです。

以上のことを踏まえ、麻雀におけるストレスを軽減するためにも、麻雀が運要素の減るようなルールに変わっていくことを願うばかりです。

スポンサーリンク
『麻雀の運要素を考えるブログ』の最新記事

コメント

Translate »
タイトルとURLをコピーしました