日本人にとって、志村けんが亡くなるという意味の大きさ

芸能・エンタメ
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昨日、日本の国民的なコメディアン・志村けんさんが亡くなりました。

このことは、海外の反応サイトでも大きな話題になっています。
言語を超えた志村さんのコントは、動画サイトなどで普及により外国人にも多くのファンがおり、海外での認知度も高くなているのです。
ただ、海外には志村けんさんを知らない人も当然いるわけで、どれぐらい凄い人なのか分からず日本人たちの混乱っぷりに困惑する人たちの様子も伺えます。
日本人にとって志村けんさんがどれぐらい大きな存在か説明するなら、国民の心情的に安倍晋三首相が亡くなる以上の衝撃だと言えば、海外の人にもある程度の想像がつくかと思います。
芸能人で言えば、ジャニーズ事務所のトップアイドルが亡くなるよりもショックが大きいかもしれません。

志村けんさんほど子供からお年寄りまで愛される人は、おそらく日本に数人しかいないものと思われ、年齢的なことを踏まえれば、ひょっとしたら現在の日本でもっとも悲しみを生む人が亡くなったとも言えます。
ヨーロッパの人だったらコメディアンで映画監督のビートたけし(北野武)さんのことを知っている人が多いでしょうが、日本人にとっての志村けんさんはそのビートたけしさんと同等かそれ以上の人であり、そういった人が亡くなったわけです。

私を含め、現在の日本人は強烈な喪失感に支配されています。
海外の方々には、少しの間だけでいいので日本人の心情を察していただきたいと思います。

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