中国人が感じる沖縄独立問題の誤解

歴史・文化
この記事は約4分で読めます。

中国の反応サイトを見ていると、中国人は沖縄の独立を、チベット族やウイグル族の独立問題と同列にして考える人が多いようです。
しかしこの考えは完全に間違えで、沖縄の人々は他の多くの日本人と同じ大和民族なのです。
このことについて、項目を分けて以下で説明していきます。

遺伝子

現在の沖縄県民は、距離が比較的近い台湾人や中国人と遺伝子的に遠い民族であることがわかっています。
沖縄の人々と遺伝子が1番近い民族は、なんと北海道のアイヌ民族なのです。
この事実は、北方から来た日本人の先祖(縄文人)が沖縄を含めた日本全土に広がったことを示しています。
九州から本州までの日本人は、後に中国や朝鮮半島から来た渡来人との混血が進み、混血があまり進まなかった沖縄の人との多少の差異が生まれたのでしょう。
いずれにせよ、沖縄の人たちと大和民族は、アイヌ民族と大和民族ほどの遺伝子的な差はないとされ、沖縄の人々は大和民族とみなされています。

歴史

琉球王国の建国は1429年で、薩摩藩が支配下に置いたのが1609年です。
つまり、沖縄(琉球)が国家として独立性を保っていたのは180年と非常に短い期間でしかありません。
また琉球王国の正史としては、平安時代末期に沖縄の地に逃れてきた源為朝という武士が琉球開祖の祖先とされています。
以上のように、歴史的に見ても琉球王国は強い日本の影響が伺えるのです。

言語

沖縄の言葉は、他の地に住む日本人では理解できないほどの言葉的な違いがありますが、文を構成する順序などは日本語と同じで、違いは1つ1つの単語だけになります。
これは青森県の言葉などにも見られる現象で、別の言語というより方言の一種と考えられるのです。
言葉の違いを考えれば、北京語と広東語のような中国語方言に近い関係かもしれません。
いずれにせよ、文の構成などから見て沖縄の言葉は中国や東南アジアなどの言葉とは全然違い、日本語に極めて近い言語であることがわかっています。

文化

沖縄の文化として、以下の服装を御覧ください。


↑こちらの画像は、明治時代に沖縄の伝統的な衣服(琉装)を着た男性たちです。


画像:正月 琉球式正装 Kimono in New Year by joka2000 CC BY 2.0
↑こちらは、琉装を着た女性です。


↑こちらは、中国における伝統衣装の漢服です。


↑こちらは、言うまでもなく日本の和服です。

上記の画像を見る限り、沖縄の伝統衣装である琉装は、中国の漢服よりも日本の俗に言う和服に近い服装と言えるでしょう。

沖縄の文化は日本と中国のどちらからも影響を受けているそうですが、どちらかと言えば日本の影響を強く受けています。(先島諸島を除く)
また、琉球王国で使われていた文字は日本の平仮名が基本だったこともわかっています。
これらの事実と沖縄で農耕が始まった時代(10世紀から12世紀)などを合わせて考えると、沖縄の文化は平安時代から鎌倉時代に海を渡った来た日本人が多くの影響を与えていると考えて間違いないようです。

宗教

沖縄の宗教は形式だったものが明確にあるわけではありませんが、

・自然崇拝
・超多神教
・巫女の存在

という特徴があります。
この3つの特徴は日本独自の宗教である神道に通じ、上記した遺伝子的な面も含めて考えれば、沖縄の宗教は縄文時代から日本にある古い宗教(原始的な神道)の一種と思われます。

以上のように、沖縄の人々は他の地に住む日本と大きく変わらない民族であることがわかります。
中国人は沖縄の独立を自国の民族の独立問題と重ねていますが、チベット族やウイグル族などは他の中国人と民族的な違いが見られ、また宗教的な独自性も極めて高く、更には独立を強く望んでいる民族です。
このような民族の独立問題と沖縄の独立問題を同列に扱うのは、いくらなんでも無理がありすぎます。
そもそも本気で沖縄の人が日本からの独立をしたいのなら、アメリカから返還される際に独立を目指して大きな運動が起こっったはずです。
しかし、当時の沖縄住民が望んだのは日本への復帰でした。
その理由は、沖縄の人々が他の地に住む日本人と同じ大和民族だからに他ならないのです。

以上、中国人の反応から沖縄の独立問題や沖縄県民の民族について考えてみました。

スポンサーリンク
『アンサー海外の反応』の最新記事
スポンサーリンク

コメント

Translate »
タイトルとURLをコピーしました