前回の記事で生態系や種の保全について話題にしたところ反響が大きかったので、今回も前々から感じていた種の保全に関する意見を記事にしたいと思います。
いきなりですが、2020年度の日本で捕殺(殺処分)されたツキノワグマの数は何頭でしょう?
A、60頭
B、600頭
C、6,000頭
・・・
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・・・
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・・・
答えは、Cの6,000頭です。
残りの6,395頭がツキノワグマの捕獲数であり、内6,085頭は捕殺(殺処分)されている。
日本国内に生息するツキノワグマの数は、正確には分かりませんが15,000頭前後ではないかと言われています。
この生息数に対して、年間6,000頭の捕殺は適切と言えるでしょうか?
ヒグマ:3,423頭
ツキノワグマ:14,159頭
ニホンジカ:1,686,294頭
イノシシ:417,205頭
ニホンザル:216,446頭
※全て階層ベイズ法の中央値
このツキノワグマの捕殺数について、2020年だけ異常に捕殺数が多かったと考える人もいるかもしれませんので、他の年の捕殺数も示します。
2012年度:2,528頭
2013年度:1,222頭
2014年度:3,406頭
2015年度:1,224頭
2016年度:3,150頭
2017年度:3,069頭
2018年度:2,619頭
2019年度:5,283頭
2020年度:6,085頭
2021年度:3,478頭
10年合計:32,064頭
ツキノワグマの捕殺数はここ10年間で32,064頭ですが、2012年度から2016年度までの5年間で合計11,530頭(年平均2,306頭)だったのに対し、2017年から2021年までの5年間では合計20,534頭(年平均4,107頭)と倍近くまで増加しています。
秋田県では、2017年度のツキノワグマ捕殺数が県内の想定生息数の6割に達したとしてニュースにもなっていました。
これは、2016年に4人が死亡した『十和利山熊襲撃事件』の影響が大きいと想定されます。
では、ここで近年のツキノワグマによる死亡事故の状況を確認してみましょう。
2012年度:1人
2013年度:1人
2014年度:1人
2015年度:0人
2016年度:4人
2017年度:1人
2018年度:0人
2019年度:1人
2020年度:2人
2021年度:1人
ツキノワグマによって人が死亡した事例は10年間で12人となっており、おおよそ1年に1人程度の人が亡くなる計算です。
2016年度も十和利山熊襲撃事件で亡くなった4人以外にツキノワグマによる死亡事故は起こっておらず、ツキノワグマに襲われて人が亡くなるという事例は本当に珍しいことなのです。
人命が最優先とは言え、人間側の被害数に対してツキノワグマの捕殺数はさすがにバランスが悪いと言えるのではないでしょうか?
農作物に対する被害などもあるかもしれませんが、ツキノワグマの推定頭数を考えれば農作物被害はそんなに多くはないと想定されます。
直近(2021年発表)のデータによると、ニホンジカの推定生息数は189万頭、イノシシの推定生息数は80万頭ですから(いずれも本州以南のみの推定値)、推定生息数1.5万頭であるツキノワグマの農作物被害が他の動物と比べてそこまで甚大だとは思えません。
被害があった場合や人命に危険性がある場合など、ツキノワグマを一定数捕殺することは仕方ないかもしれませんが、人的被害の数はそこまで多くない一方で捕殺数が予想以上に多いという印象は、どうしても拭い去れない状況があります。
これは、おそらく人間が感じているツキノワグマの危険性について大きな誤解があることが由来と思われるので、『ツキノワグマはそもそも危険なのか?』という点について、項目を分けて考えていきます。(国内のツキノワグマについてのみ言及)
ツキノワグマはそんなに大きくない
ツキノワグマの平均体重は、オスが80kg、メスが50kg程度とされています。
100kgを超えるツキノワグマが見つかることもありますが、これは冬眠のために脂肪を蓄えているだけ(つまり太っているだけ)で、適正な体重として100kgを超えるツキノワグマはほとんどいないと考えられているのです。
日本人の成人平均体重は、男性が64.0kg、女性が52.7kgで、極端に肥満している人を除けば、男性が60kg、女性が50kg程度と思われます。
つまり、ツキノワグマはオスでも人間より少し大きい程度で、メスに至っては人間よりも小さいくらいでしかないわけです。
ツキノワグマが食べるものはほとんど植物
クマは肉食というイメージがあるかもしれませんが、実際は雑食性の動物で草食性の強い種のほうが多くなっています。(ホッキョクグマは生息域の関係で肉食性がかなり強い)
ツキノワグマに関しては、食事の9割以上を植物由来のものに依存していると言われるほどです。
ツキノワグマは大きな動物を滅多に襲わない
草食性の強いツキノワグマですが、動物性の物を食べることも当然あります。
しかし、それはハチミツやアリ・シロアリなどといった小さな動物、あるいは死亡した哺乳類などが中心で、大きい獲物を狩ることはほとんどないとされているのです。
このことは、ツキノワグマによる人間の死亡事故がほとんど起きていないことからも明らかです。
その点を踏まえれば、ツキノワグマは人間と十分共存可能な動物と考えられるのです。
ヨーロッパの国々やアメリカ・カナダなどは、大きな大陸にある国だけあって日本以上に様々な動物が生息しており、危険動物と人間との共存の道も模索されています。
一方、ツキノワグマに関するデータを見る限り、日本は危険性のある動物と共存するという意識が低い(と言うよりない)と指摘せざるを得ません。
こういった意見に対し、捕殺しなければその分だけツキノワグマが増えてしまうと考える人もいるかと思います。
しかし、実際には捕殺した数だけツキノワグマが増えるということはありません。
自然環境では同種による生存競争があり、増え過ぎれば当たり前のように自然淘汰が起こるのです。
動物の個体数が増減することは、自然に任せるのが基本です。
人的以外のものも含め被害がある場合に動物を一定数駆除することは仕方ない部分もあり、実際にニホンジカとイノシシについては、具体的にニホンジカ104万、イノシシ50万と目標を掲げて、環境省が減らす計画を立てています。
ただ15,000頭程度しか生息していないツキノワグマは、そんなに捕殺していい動物ではないはずです。
ましてや年間6,000頭もの捕殺は明らかに異常です。
この問題は動物に対する人間側の知識の低さが由来とも思いますので、私を含め動物に携わる人が動物に関する正しい知識を世間に広める努力をしていかなければならないと感じます。
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