世紀末思想が生んだオカルトの時代とオウム真理教

ただの昔話
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今日は、地下鉄サリン事件からちょうど25年の日になります。

77年早生まれの人間にとって地下鉄サリン事件は、人生最大の事件と言っても過言ではないでしょう。(自然災害は除く)
日航ジャンボ機123便の墜落などといった死者数の多かった事件・事故もありましたが、オウム真理教に関する事件はそれ以上の衝撃がありました。
地下鉄サリン事件と同じ年の1月には阪神大震災があったのですが、ワイドショーなどでオウム真理教を扱った時間は阪神大震災の10倍だったそうです。

神

『お父さんのためのワイドショー講座』の年末ランキングで確かに10倍ぐらいの差があったわ

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ブロードキャスターか!懐かしいな・・・

77年早生まれの人間は、地下鉄サリン事件当時、高校を卒業して大学に進学するなり就職するまでの春休み期間でした。
自分は地下鉄サリン事件が起こった後の春休み期間に東京都心へ行かなければならない用事があったのですが、地下鉄に乗るわけではないのにとても気持ちが悪かったことを覚えています。

オウム真理教の事件は地下鉄サリン事件が特に注目されますが、オウム真理教自体が地下鉄サリン事件を起こすずっと以前から注目される存在でした。
教団と地元住民や信者家族と揉めているとの報道が1989年ごろから始まり、翌年の1990年には真理党を結成し衆議院選挙に信者が出馬したため一気に知名度が上がります。
更に同じ1990年に信者が熊本県へ集団で移住し地元住民と激しい対立となった際は、ワイドショーで連日取り上げられていました。
このように、オウム真理教は地下鉄サリン事件のずっと以前からメディアで度々取り上げられ、また数々の問題も起こす集団として知られる存在だったのです。
その点を考えれば、地下鉄サリン事件は防げる犯罪だったのかもしれません。

また、私は中学生の頃から秋葉原に行っていたので、オウム真理教が経営していたマハ―ポーシャというパソコン会社の人(オウム真理教信者)が、意味不明なことを言いながらビラを配る姿も目にしていました。
このマハ―ポーシャという会社オウム真理教が運営していると後に知ったときは、驚くと同時に恐怖も感じました。

そもそも、なぜあのようなめちゃくちゃな宗教に、当時の若者は熱狂したのでしょうか?
少し時代背景を追ってみたいと思います。
まず、1973年に1つのターニングポイントとなる本が出版されます。
それが『ノストラダムスの大予言』です。
この本は翌年映画化されるほどヒットし、ノストラダムスの大予言は以降の日本で一般レベルにまで浸透していき、大オカルトブームを起こすこととなります。
今の感覚では理解不能かもしれませんが、1999年に人類が絶滅するなどという戯言(ノストラダムスの予言)を本気で信じている人が当時の日本には多数いたのです。

更にユリ・ゲラーの超能力ブームも同時期に起こり、テレビでよく取り上げられていました。
その後も日本のテレビでは、

矢追純一のUFO特集
宜保愛子の霊視特集
Mr.マリックのハンドパワー特集

などといった番組が多数放送され、オカルトブームを助長していきます。

神

当時のMr.マリックは、超能力者扱いだったんだよね

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きてます!きてます!とかって言ってたね

このような番組が頻繁に流れていた時代、77年早生まれの人間はまだ子供でしたが、オウム真理教に加入した若者たちは、こういったオカルトブームにどっぷりハマっていた世代だったのです。
そして、このオカルトブームの行きつく先がオウム真理教であり、地下鉄サリン事件なのだと思います。

そういった意味では、メディアの責任も0ではありません。
今でもオカルトブームを助長するような番組(例:やりすぎ都市伝説)は作られ続けていますが、メディアの人間は何も反省をしていないのでしょうか?
自分は未だに放送されるこういった番組が気持ち悪くて仕方がありません。

以上、オウム真理教の地下鉄サリン事件と、当時のオカルトブームについて考えてみました。

ファイティングコンピューター
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コーホー

↑『地下鉄サリン事件で亡くなった人に対し、ご冥福をお祈りいたします』と言っています。

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